藤本タツキの主人公は、なぜみんな「家族」を失っているのか

藤本タツキ 作家論 作家論

はじめに:4つの作品にひそむ、ある共通点

藤本タツキの作品を続けて読むと、ある共通点に気付きます。

主人公が、ほぼ例外なく「家族」を失っているんです。

  • 『チェンソーマン』のデンジ ── 父親を、自らの手で殺している
  • 『ファイアパンチ』のアグニ ── 妹のルナを、目の前で焼き殺されている
  • 『ルックバック』の藤野 ── 漫画を介して結ばれた京本という、姉妹のような存在を失う
  • 『さよなら絵梨』の優太 ── 母親を、自身が撮ろうとした映画の中で看取れずに失う

たまたまではなく、藤本タツキは「家族の喪失」を、繰り返し描き続けています。

この記事では、

  • 各作品で家族はどう失われているか
  • なぜ藤本タツキは「家族の喪失」を物語の起点にし続けるのか
  • 喪失のあとに描かれる「擬似家族」の形

を、ファン目線で読み解いていきます。

失われた家族たち

藤本作品の主人公は、それぞれ違う形で家族を失っています。共通点と違いを並べてみると、藤本タツキの作家性が見えてきます。

デンジと父(『チェンソーマン』)

デンジの父親は、物語が始まる前にすでに亡くなっており、作中の描写から、デンジが自らの手で殺さざるを得なかったことが示唆されます。

それだけでなく、その死後も父親の借金がデンジに重くのしかかり、彼を貧困と暴力の世界に縛り付けます。

「失った家族」が「失ってもなお重荷」になるという、藤本タツキ独特の冷徹な構造です。

アグニと妹ルナ(『ファイアパンチ』)

アグニにとってのルナは、雪に閉ざされた世界で互いを支え合って生きてきた、たったひとりの家族でした。

しかしルナは、村を焼き払う炎の祝福者・ドマによって、アグニの目の前で焼き殺されてしまいます。

アグニの長い旅路の起点は、この一回の喪失。彼が「再生の祝福」を持つがゆえに、その喪失と向き合い続けなければならない、という構造もまた残酷です。

藤野と京本(『ルックバック』)

藤野と京本は、血のつながった家族ではありません。けれど、漫画を介して結ばれた二人の関係は、しばしば「姉妹のようだ」と評されます。

物語の終盤、藤野は京本を失います。

血縁ではなくとも、「家族のような関係性を失う痛み」は、藤本タツキの中で同じカテゴリの喪失として描かれているように見えます。

優太と母(『さよなら絵梨』)

優太は、母の余命宣告をきっかけに、母の最期を映画として撮ることを決意します。

しかし、母が死ぬその瞬間、優太はカメラを置いて病室を飛び出してしまう。

「撮りきれなかった」という後悔と、「母を失った」という喪失が、優太の物語をその後も縛り続けることになります。

なぜ藤本タツキは「家族の喪失」を描き続けるのか

主人公が家族を失っているという共通項は、単なる物語の都合ではなく、藤本タツキの作家性そのものに関わる選択だと考えられます。

1. 「失ったもの」が、主人公の行動原理になる

家族を失った主人公は、復讐、追悼、後悔、贖罪など、強い行動原理を持つことになります。

物語の駆動力として「家族の喪失」は、とても普遍的で力を持つ動機のひとつ。

藤本タツキは、この古典的な構造を、現代的な感性と暴力描写で再解釈しているといえます。

2. 「家族」を失った先に、新しい関係が生まれる

藤本作品では、失った家族の代わりに、何らかの「擬似家族」が物語の中で形成されていきます。

  • デンジにとってのアキ、パワー、ポチタ
  • 優太にとっての絵梨
  • 藤野にとっての京本(実家族ではないが、家族のような存在)

血縁ではない他者と、どうやってもう一度繋がっていけるか ── これが藤本作品で繰り返し問われるテーマです。

3. 「喪失」は、藤本タツキにとって「物語が始まる場所」

藤本作品の多くは、主人公の「日常」から始まりません。

家族を失った直後の、ぽっかりと穴の空いた状態から、物語がスタートする。

これは、「日常を壊された主人公が、何を取り戻すか/取り戻さないか」を描く構造です。藤本タツキにとって、家族の喪失は「物語の終わり」ではなく「物語の始まり」を意味しているように見えます。

まとめ:藤本作品を「喪失と再生」の物語として読み返す

藤本タツキの作品を「家族の喪失」というキーワードで読み直すと、それぞれバラバラに見える物語が、ひとつの大きなテーマで繋がって見えてきます。

  • 主人公はみな、何らかの家族を失っている
  • 失われた家族は、物語の駆動力となる
  • そして、その喪失のあとに、新しい関係性が形成される

『チェンソーマン』『ファイアパンチ』『ルックバック』『さよなら絵梨』── これらの作品は、表面のジャンルや雰囲気は違っても、「家族の喪失と、その先の再生」という大きな物語の変奏として読むことができます。

藤本作品をもう一度手に取るとき、ぜひ「家族」というレンズで読み返してみてください。きっと、初読では気付かなかった何かが見えてきます。

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出典・参考

  • 藤本タツキ『チェンソーマン』集英社ジャンプコミックス
  • 藤本タツキ『ファイアパンチ』集英社ジャンプコミックス全8巻, 2016-2018年
  • 藤本タツキ『ルックバック』集英社ジャンプコミックス, 2021年
  • 藤本タツキ『さよなら絵梨』集英社ジャンプコミックス, 2022年

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